"抽象的"は如何にしてその地位を追いやられたか

 抽象化というのは、色々な物事に含まれるものから雑多なものを捨てて(捨象)、共通してるものを引き出して一般化することを言うわけですが、抽象的と言われるとあまりいいイメージではない。

 まず抽象という言葉自体がわかりにくい。抽象の"抽"という字は、引き出しを抽斗とも書くように「引く」という意味なのに使われてない漢字なので意味がとりにくい、というよりとれない。abstract(abs-(分離)+tract(引っ張る))からの訳語なんだろうけど意味自体はそのままなのに、漢字の選択のせいで漢字の表語文字しての利点が損なわれている、カタカナ語っぽい。

 次に、抽象が具体の否定の意味で使われている。抽象的の対になる言葉が具体的っていうのは中学、高校受験で嫌というほど覚えさせられるけど、その対となっているということだけが残って、きちんと中身が伴っているという意味での"具体的"の否定の非具体的という意味で"抽象的"という言葉が使われている。

 本来、抽象というのは非常に高度で素晴らしきことなのに、"非具体的"という意味での"抽象的"という言葉が独り歩きしてなんだかなぁという感じ。同音異義語に中傷があるのもそれに拍車をかけてるのか!

 と下書きしつつ書いてたら同じようなことを書いてるページを見つけた。非常に分かりやすい。
http://www2.ocn.ne.jp/~countabl/ti/abstract1.html